猫を飼ったことがある

およそ六十年前に猫を飼ったことがあった。猫好きな人には荒けない言い方であるが、そのころ不足した食料を鼠が勝手気ままに食い荒らすし、濡れた足音で枕元を駆け回る。そこで友人宅へ子猫を貰いに行った。三毛を貰ってきたのだが、妹や近くの彼女の友人たちがさかんに扱うので衰弱して死んだ。生きものには思いがけない出来事がある。
やむを得ず親戚から黒猫を貰ってきた。丈夫に育ったのは結構だったが、近辺に被害を与えた。今からすれば軽微な被害であったと思うのだが、薩摩芋や南瓜で食をつないでいた時節柄故恐縮していた。
飼えば可愛いものである。先日縁傍に寝転んでいたら、目先にオハグロトンボを咥えた猫が得意げな顔を見せた。猫にはそんな習性がある。黒猫は鼠を捉えて私の机の上に置いた。同じような表情だった。しかしこの習性は成長と伴に忘れてしまうようだ。
猫は喉を鳴らす。だがそれは理解不足であった。ある本によると、心臓に近い動脈で壁と流れる血液のすれる音という。こんな雑事は憶えているが、日常肝要なことは忘れるのが八拾爺の悪い癖かもしれない。