夢のような話

先日ご法事があった。和尚さんの法話を聴きながら、なるほどと聞き入ることもあった。とは思いながらもというお話もあった。
人として守るべき道筋がある。宗教や道徳の戒律を踏み外さないようにするには、並みの以上の努力が必要である。出来ないから厳しい戒律を必要としているのだろう。自分では出来ないのことを人に求める賢人識者が多いようだ。
お話を聞きながら、いくぶん夢現になりながら、聖人君子や宗教家の方々はどんな夢をご覧になるのだろうかと思った。
私は臆病だから、子供のころから怖い夢をよく見た。例を挙げれば、高いところへの恐怖心である。世間にはいわれのない恐怖を感じている人も少なくないようだ。例えとして漫画「トムとジェリー」には、高所恐怖症の作者が考案したのではと思える筋書きがよくある。そんな夢の話を子供の頃母親にすると、そのときに「背が伸びヨルとタイ」と教えてくれた。もうこの歳になっては信じ難い。
和尚さんの話を聞きながら、私たちは正直であろうとするが、正直に夢の話を他人には話さないようだ。近々で夢に見るのはは勤めのころの記憶の残滓ばかりである。歳が歳だからしかたがあるまいが、心の裡は明かさないのが無難である。